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March 04, 2007

少しわかったつもりの他人の気持ち

ようやく、昨夜から確定申告にとりかかる。保存していたレシートを一枚ずつちょぼちょぼとデータベースに打ち込みながら、去年のいろんなことを思い出す。この頃はまだ調子こいてたんだなぁ、とか、そーいや夏はAcitonScriptの勉強してたな、とか。ちょぼちょぼ数百円の経費を積み重ねて節税倹約をしてるのに、株に手を出して数百万円の損を出しているのだから、なんとも馬鹿げた話だ。そして今年も……。自分の愚かさがほとほと嫌になる。そして、苦しい、辛い。

作業を続けながら、ふと、母親や自分の周りのいろんな人の顔を思い出す。皆、今の私と同様か、それ以上の絶望感を味わってたのかもしれないと、今更ながら気づく。母の場合は、死を前にして、とてつもなく不安な毎日だったろうに、優しい言葉をかけることもなく、むしろ、冷たくあしらった挙句の最後だったし、他の人にも、相手の気持ちなど考えることもなく、自分本位に接してきた。一度思い当たると、あれもこれもと、次々と似たような場面が走馬灯のように浮かんできて、後悔の底なし沼に沈む。

私のように鈍感な人間は、同じような目に合ってみないと、他人の心なんて理解できないのだろう。少しでもこうした気持ちに到達できたとするなら、高い授業料ではあるが、これはこれで良かったのかもしれない。これからは、この気持ちを大切にしていかないとな。などと、和田秀樹の「バカとは何か」を読んでる効果か?(苦笑)。

気晴らしも兼ねて、晩飯のオカズ調達にスーパーへ。途中、近所の幼馴染と会って立ち話。40代後半だと思うが、現在は、早朝魚市場の交通整理と施設掃除をしてるらしい。お母さんの看病をしていて、定職に就き難い状態なんだとか。母親が死んで一人っきりになったら、どうやって生きていけばいいのかわからない、などと話すのを聞くと、自分自身の姿とも重なる。

「ワーキングプア」という言葉は現在の格差社会の象徴だが、仕事自体少ない地方では、油断するとすぐに単なる「プア」だ。簡単に生活保護が貰える訳でもないし、欧米のような、キリスト教的慈悲ボランティアの支えも無い。改めて「一寸先は闇」な日本社会の片鱗に触れ、怖くなる。早いトコ仕事みつけないとな。

夜、無線技士の勉強など。甘く見てたら、高校レベルの計算問題がいろいろ出てきて戸惑う。小学生レベルで算数嫌いの私は、√とかlogなど、見ただけで頭が痛くなる……つか、意味もわからん。大丈夫か? まあ工学部分は正解率六割がボーダーだから、計算問題はとりあえずスルーして、まずは他を固めるべきだろう。何しろ、無線も有線も、何も知らんからなぁ。

晩飯、ブリ塩焼き。

投稿者 しど : March 4, 2007 05:44 PM

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コメント

元気だせ

投稿者 なかい : March 6, 2007 06:23 AM

他人の気持ちを理解するのに限界はないのか?

昔、オイラの職場のアルバイト君が私立の有名大学附属高校を経て、大学に進学。その後、音楽とバイトにのめり込みすぎて大学4年で留年。2年目の留年が色濃くなるにつれ「死にたい」だの「ナイフや包丁を持つと、ふっと手首を切りたくなる」等言い始めていた。

職場では彼の機転利くところや仕事の手際の良さにみんなから一目置かれていたし、音楽の方も素人のオレからすればプロ並みに見える。そして、それ以上に周りのみんなから愛されていた。そんな才能豊かで恵まれたコイツに対して、高卒で平凡、世間に着いて行くのがやっとのオイラはジェラシーこそ感じるが、その自殺願望を分かってやれる筈もなかった。

それから7年、今のオイラは他人が死にたいくらい辛いと言うなら、「それは最高に辛いのだろう…」くらいの理解よりない。17才で失恋し自殺してしまった友人に対しても、感受性が強い年頃に起こった不幸な事故くらいの認識だ。

鈍感なヤツほど悩みも自己嫌悪もなく幸せで居られるのかもな!

投稿者 Butch : March 14, 2007 04:37 AM

他人の気持ちを理解するのに限界はないのか?

昔、オイラの職場のアルバイト君が私立の有名大学附属高校を経て、大学に進学。その後、音楽とバイトにのめり込みすぎて大学4年で留年。2年目の留年が色濃くなるにつれ「死にたい」だの「ナイフや包丁を持つと、ふっと手首を切りたくなる」等言い始めていた。

職場では彼の機転利くところや仕事の手際の良さにみんなから一目置かれていたし、音楽の方も素人のオレからすればプロ並みに見える。そして、それ以上に周りのみんなから愛されていた。そんな才能豊かで恵まれたコイツに対して、高卒で平凡、世間に着いて行くのがやっとのオイラはジェラシーこそ感じるが、その自殺願望を分かってやれる筈もなかった。

それから7年、今のオイラは他人が死にたいくらい辛いと言うなら、「それは最高に辛いのだろう…」くらいの理解よりない。17才で失恋し自殺してしまった友人に対しても、感受性が強い年頃に起こった不幸な事故くらいの認識だ。

鈍感なヤツほど悩みも自己嫌悪もなく幸せで居られるのかもな!

投稿者 ぶっち : March 14, 2007 04:42 AM

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